東京地方裁判所 昭和59年(ワ)11513号 判決 1988年10月25日
原告 日総リース株式会社
右代表者代表取締役 根本勝
右訴訟代理人弁護士 山野一郎
被告 山本昇
右訴訟代理人弁護士 杉政静夫
被告 飯嶋孝子
被告 飯嶋由紀子
右被告両名訴訟代理人弁護士 新井旦幸
右訴訟復代理人弁護士 小口隆夫
主文
1. 原告の請求をいずれも棄却する。
2. 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一、当事者の求めた裁判
一、請求の趣旨
1. 原告に対し、被告山本昇は金四六〇五万三三一二円、被告飯嶋孝子及び被告飯嶋由紀子は各自金二三〇二万六六五六円及び右各金員に対する昭和五七年八月一日から支払済みに至るまで日歩五銭の割合による金員を支払え。
2. 訴訟費用は被告らの負担とする。
3. 仮執行宣言。
二、請求の趣旨に対する答弁
1. 原告の請求を棄却する。
2. 訴訟費用は原告の負担とする。
第二、当事者の主張
一、請求原因
1. 原告は、被告山本昇に対し、昭和五二年一〇月一八日、原告がホクヨー化学株式会社(以下「ホクヨー化学」という。)から買い受けた別紙物件目録記載の物件(これらの取付けに伴う改装工事一式三二〇万円相当を含む。以下「本件物件」という。)を、次の約定でリースした(以下「本件リース契約」という。)。
イ リース期間 物件引渡しの日から六〇か月
ロ リース料 一か月一〇五万円
ハ 支払方法 昭和五二年一〇月一八日に第一回分のリース料及び二か月分の前払いリース料として合計三一五万円を、同年一一月から昭和五七年七月まで毎月末日限り一〇五万円を、それぞれ支払う。
ニ 遅延損害金 被告山本がリース料の支払を遅滞したときは、日歩五銭の割合による遅延損害金を付加して支払う。
2.(一) 原告は、被告山本に対し、昭和五二年一〇月一八日、本件物件を引き渡した。
(二) 仮に、原告から被告山本に対する本件物件の引渡しがなかったとしても、被告山本はリース料の支払義務を免れない。すなわち、被告山本は、本件物件がホクヨー化学の所有物ではないため、これを原告がホクヨー化学から取得して被告山本に引き渡すことができないのを知りながら、ホクヨー化学の社長である千田忠正と通謀し、原告がホクヨー化学に対して支払う売買代金を領得する目的で、原告に対し、リース物件検収書や借受証を交付し、ホクヨー化学が本件物件の所有者であり、同社から本件リース契約に基づく本件物件の納入を受けたかのように装って、原告がホクヨー化学に対して売買代金支払のために振り出した金額四五〇〇万円の約束手形をホクヨー化学から受領し、同手形の割引金を取得した。したがって、被告山本は、物件の引渡しがないのを知りながら、リース料支払義務を負担する意思で本件リース契約を締結したというべきである。
3.(一) 飯嶋孝(以下「飯嶋」という。)は、原告に対し、昭和五二年一〇月一八日、本件リース契約に基づく被告山本の債務について連帯保証した。
(二) 飯嶋は、昭和五八年六月二四日死亡し、被告飯嶋孝子及び被告飯嶋由紀子(以下、両名あわせて「被告飯嶋ら」という。)が、相続により各二分の一の割合で飯嶋の債務を承継した。
4. 被告山本は、昭和五三年一一月分以降のリース料(残額合計四七二五万円)を支払わなかったが、その後、昭和五五年六月七日に五九万八三四四円、同月二一日及び同年九月二七日に各二九万九一七二円の合計一一九万六六八八円を支払ったので、原告の被告山本に対するリース料債権は残額四六〇五万三三一二円である。
5. よって、原告は、被告山本に対し、本件リース契約に基づき四六〇五万三三一二円、被告飯嶋らに対し、連帯保証契約に基づき各自、被告山本と連帯して相続分二分の一に応じた二三〇二万六六五六円及び右各金員に対する弁済期の経過した後である昭和五七年八月一日から支払済みに至るまでの約定の日歩五銭の割合による遅延損害金をそれぞれ支払うよう求める。
二、請求原因に対する認否
(被告山本)
1. 請求原因1の事実は認める。
2. 同2について、(一)の事実は否認する。被告山本は、本件リース契約の当時、既に本件物件を原告以外の第三者からリースを受けて使用占有しており、原告から引渡しを受けたことは一度もない。(二)の事実は認める(ただし、割引金の一部を取得したにすぎない。)が、被告山本にはリース料支払義務を負担する意思があり、右義務を免れないとの主張は争う。抗弁1のとおり、本件物件の引渡しが不可能であることは、原告(担当者である近藤久義)も十分認識していたから、被告山本には本件リース契約に基づくリース料の支払義務はない。
3. 同4のうち、被告山本の支払状況は認めるが、リース料債権の存在は否認する。
(被告飯嶋ら)
1. 請求原因1の事実は認める。
2. 同2のうち、(一)の事実は否認する。(二)の事実は知らない。
3. 同3(一)及び(二)の事実はいずれも認める。
4. 同4の事実は知らない。
三、抗弁
1. 被告ら(通謀虚偽表示―請求原因1に対し)
(一) 本件リース契約は、被告山本と原告の社員であった近藤とが、本件物件を被告山本において既に第三者からリースを受けて使用中であり、それがホクヨー化学の所有するものではないことを熟知しながら、ホクヨー化学の千田とも通謀のうえ、双方とも真実リースする意思がないのに、ホクヨー化学を原告に対する名義上の売主とし、原告が被告山本にリースすることを仮装したものである。
(二) 近藤は、本件リース契約締結の際、原告の東京支店営業課長代理の地位にあり、自己の担当する義務として被告山本との本件リース契約の交渉に当たったもので、右業務については一切の裁判外の権限を有していた(商法四三条一項)。仮にそうでないとしても、近藤は、会社内での右地位からみて、被告との間の取引については、リース物件の選定、リース料及び支払方法の決定、リース物件の検収等に関する包括的な代理権を有していた。
2. 被告飯嶋ら(錯誤―請求原因3に対し)
(一) 飯嶋は、本件リース契約においても、リース取引の常態どおり、原告から被告山本に対する本件物件の引渡しが真実なされるものと誤信して、同被告の債務につき連帯保証した。右引渡しの有無は主債務の態様についての重要な事項であり、仮に、本件リース契約が原告所有にかかるリース物件の引渡しのない「から取引」であり、これについて連帯保証することが、いわば無担保の融資金債務について連帯保証するのと同様の結果になると知っていたならば、飯嶋のみならず、一般の人でも連帯保証しなかったといえるから、右錯誤は要素の錯誤にあたる。
(二) 本件リース契約は、本件物件の引渡しが現実になされることをその内容としていたから、飯嶋が連帯保証をなすについての右(一)の動機は、原告に対し表示されていたというべきである。
四、抗弁に対する認否
1. 抗弁1について、(一)の事実はすべて否認する。原告はもちろん、近藤も、被告山本が第三者から本件物件のリースを受けていたことは知らない。被告山本は、約定どおり昭和五二年一〇月一八日に第一回分リース料等合計三一五万円を支払い、また、同年一一月から昭和五七年七月までのリース料の支払のために毎月末日を支払期日とする金額一〇五万円の約束手形五七枚を原告に振出交付して、うち昭和五三年一〇月分までを決済し、更に、昭和五三年一一月に倒産して債務の私的整理を行った際、本件リース契約に基づく原告の残リース料債権として四七二五万円の存在を認め、これに対する弁済として請求原因4記載の合計一一九万六六八八円の支払をしたのであって、本件リース契約が虚偽でないことは明らかである。
(二)のうち、近藤が原告の東京支店営業課長代理の名称を使用していたことは認めるが、その余は否認する。近藤は、原告の使者として、リース物件の確認等の事実行為を行ったにすぎない。
2. 同2について、(一)のうち、飯嶋が誤信した事実は知らない。右誤信が要素の錯誤に当たる旨の主張は争う。(二)の主張は争う。
五、再抗弁(信義則違反―抗弁1に対し)
被告山本は、原告がホクヨー化学に対して本件物件の売買代金の支払のために振り出した金額四五〇〇万円の約束手形を、ホクヨー化学から受領して、同手形の割引金を取得し、自己の債務の弁済に供した。したがって、被告山本が原告のリース料請求に対し、本件リース契約が通謀虚偽表示により無効である旨主張することは、信義に反し、許されない。
六、再抗弁に対する被告山本の認否
被告山本が手形割引金の一部を取得した事実は認めるが、信義則違反の主張は争う。本件は、原告の担当者である近藤において、リース物件が存在しないことを知りながら、形式上のリース物件の選定から契約書等の書類の作成、原告振出しの手形の現金化まで、すべてを主導して積極的にリース契約を仮装したものであるから、被告山本が原告に対して契約無効の主張をすることは、何ら制約を受けない。
第三、証拠<省略>
理由
一、請求原因1の事実は、当事者間に争いがない。
ところで、<証拠>を総合すれば、
被告山本は、医師であり、山本医院を経営していたところ、本件リース契約を締結した昭和五二年一〇月ころには、社会保険医の指定取消し等による収入の減少、高利の借入、息子の大学への寄付等が原因で、右医院の経営状態がかなり悪化しており、資金繰りに困っていたため、これを知っていた中学校時代の同級生である太田敏に対し、四五〇〇万円ほどの金策を依頼したところ、太田は、原告の東京支店営業課長代理であった近藤及び休眠会社であったホクヨー化学の千田と通謀し、原告と被告山本との間に実体のない空リース契約を締結させ、リース物件の売主をホクヨー化学とし、原告からホクヨー化学に支払われる売買代金を取得しようとたくらみ、かかる方策を被告山本にも告げて、被告山本に近藤、千田を紹介し、被告山本も、資金欲しさから全面的に太田に任せることにしたが、それ以前には原告との取引関係はなく、また、近藤及び千田とは初対面であり、ホクヨー化学がいかなる会社であるかも全く知らなかったこと、
そのため、被告山本は、リースの対象物件を何にするかといった希望すら伝えることなく、太田に全てを任していたところ、同年一〇月一八日ころ、太田は、近藤とともに、本件物件をリース物件として選定し、その売買代金額(値引後)を四五〇〇万円として、リース契約書、リース物件検収書、借受証等の必要書類を整え、被告山本に右書類への署名押印を求めてきたため、被告山本は、太田及び近藤に対し、同人らによってリース物件として選定された医療器械類は自分にとって全く不要であり(そのうちの一部は、すでに武州商事株式会社からリース中の物件であり、物件上には同社の所有物である旨の表示がなされていた。)、現実に引き渡されては困る旨念を押し、同人らが、右事情を十分承知のうえで、形式を整えるために物件を選定したにすぎないことを確認して、署名押印に応じ、本件リース契約の約定に従い、最初に支払うべき三回分のリース料に当たる三一五万円を支払い、毎月末日を支払期日とする金額一〇五万円の約束手形五七枚を振り出したが、実際には、本件リース物件は原告からもホクヨー化学からも納入されていないこと、
被告山本と飯嶋は、太田の紹介により一度だけ会ったが、その際、被告山本は、飯嶋に対し、本件リース契約が金策のために仮装した空取引であるとは告げなかったこと、
他方、被告山本から、リース契約の申込みを受け、リース物件検収書及び借受証の交付を受けた原告会社は、ホクヨー化学に対し、本件物件の売買代金支払のために金額四五〇〇万円の約束手形を振り出し、右手形は、ホクヨー化学を通じて太田の手に渡り、同人が現金化して、被告山本は、その中から約三〇〇〇万円を受領したが、右手形の額面との差額約一五〇〇万円については、太田から手数料、割引利息等の諸費用にかかったとの説明を受けていたこと、
その後、同年一一月二五日、被告山本は手形の不渡事故を起こし、約二億五〇〇〇万円の負債を抱えて事実上破産したため、同月分以降の手形の決済ができなくなり、同年一二月以降、鹿野琢見弁護士が中心となって債務の私的整理が行われたが、その手続きにおいて、被告山本は同弁護士に対し、本件リース契約締結に至る事情を十分に説明しなかったため、同弁護士は、被告山本の振り出した手形の額面に従って原告に対する未払手形債権額を処理し、その結果、昭和五五年六月七日に五九万八三四四円、同月二一日及び同年九月二七日に各二九万九一七二円の合計一一九万六六八八円が被告山本から原告に対して支払われたこと、
以上のような事実が認められ、他に右認定に反する証拠はない。
右認定の事実によれば、近藤と被告山本には、真実本件物件をリース物件とし、原告と被告山本との間にリース契約を締結しようという意思は全くなく、ただ単に金策のための一手段として、リース取引を仮装し、原告からホクヨー化学に対して売買代金として支払われる金員を領得しようとしたにすぎず、本件物件の引渡しがなかったことは明らかである。したがって、まず本件物件の引渡しがあったことを前提とする原告の主張は理由がない。
二、そこで、次に原告は、引渡しがないとしても、被告らはリース料の支払義務を免れないと主張する。
しかし、前認定の事実によれば、近藤は、本件リース物件の引渡しがなされ、あるいはなされるものと誤信して、ホクヨー化学に対し売買代金支払のための約束手形を振り出したわけではなく、被告山本が資金繰りに苦慮しているのに協力する形で、自ら積極的にリース物件検収書及び借受証の作成に関与し、引渡しの事実を仮装したものといえるから、もし仮に、かかる事情を原告が認識し又は認識していたものと同等に評価しうるならば、原告は、自らの責任において右約束手形を振り出したものというべく、したがって、原告には格別保護すべき利益がないといわざるをえない。
そして、株式会社のごとき大組織の法人が契約の当事者となる場合においては、代表者不知の間に、代理形式をとらないまま、被用者によって数多くの取引がなされるのが実情であることに鑑み、たとえ代表者が直接契約締結の衝に当たらず、あるいは被用者が代理形式をとっていなかったとしても、被用者が、その所属する組織内での地位に従い自己の担当業務として取引に携わった場合には、その法律行為に関する法人の善意、悪意等の主観的態様の有無に関しては、すべて当該被用者のそれを中心として決するのが妥当である。
そうだとすると、本件においては、近藤の認識がすなわち原告の認識であるとまでは直ちにいえないとしても、少なくとも原告の認識と同等に評価すべきであり、原告は、本件物件の引渡しがないことを知っていたものと解するのが相当である。
したがって、たとえ、被告山本が近藤とともに、原告に対して空取引を仕組んだことが妥当性を欠く行為であり、また、経済的に破綻するまでの間、原告に対し、リース料相当額の支払を継続していたとしても、かかる事実をもって、本件リース契約において、被告山本が、本件物件の引渡しを欠いたまま、本件リース契約に基づくリース料の支払義務を負うと解することはできないし、また、被告飯嶋らも、主たる債務者である被告山本と同様、原告から被告山本に対する本件物件の引渡しがないことを理由として、連帯保証債務の履行を拒否できる。
以上の次第であるから、原告のその余の主張を判断するまでもなく、本件リース契約に基づく原告の本訴請求はいずれも理由がない。
三、よって、本訴請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 大澤巖 裁判官 木下徹信 萩本修)
<以下省略>